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とべないホタル資料

森竹高裕

（資料．１）

とべないホタル
西の空が夕日にそまって，町も田んぼも金色にかがやきだしたころ，ホタルの子どもたちは，いっせいにサナギからかえりました。
「ああ，きょうから，ぼくも一人前のホタルだ。うんと光るぞ」
「わたしだって」「ぼくだって」
ホタルの子どもたちは，いよいよとびたとうとしています。
「う−んといきをすって」
「さあ，とぶよ」
ホタルたちのからだが，静かに地面からはなれました。４枚のはねは気もちよく，うなっています。
「わあ，とべる，とべる」
「わたしも」
「ぼくもとんでいる」
「ぼくたちのおやどがあんなに小さくなっちゃった」
ホタルの子どもたちは，もうむちゅうになってとびまわりました。はじめてとべたホタルたちにとって，きょうの日はどんなにうれしかったことでしょう。
「おやっ？」
「お−い，だれかいるの−，あがっておいでよ。みんないるんだよ」
「とべないんだよ−。空にあがれないんだよ−」
空にいるホタルたちはおどろいて顔を見合わせました。
「ええっ，どうしたの？とべるよ−。みんなとべるんだもの」
「でもぼくは，とべないんだよ−」
どうしたことか，ただ１ぴき，そのホタルだけは，やけどをしたように黒い羽が，ジジッとちぢんでいるではありませんか。６本の足も，だいじな電灯ももっているのに，ただ羽だけがみにくくちぢんでいるのです。

（資料．２）

とべないホタルは，そのちぢんだ羽をプルプルとふるわせて，とびたとうとしましたが，５センチくらい体がうくと，もう，ポトッとおちてしまうのです。
「こんどこそ」
うんと羽に力をいれ　　首をぐっと上にのばし　　足をがっしりふんで

ああ，でも，やっぱりだめでした。

「羽をもっと，ピンとはってごらん」
と，思わず見ていたホタルの１ぴきがいいました。
ほかのホタルたちも口々にいいました。
「うん，おなかにぐっと力を入れて」
「そこで足をひっこめて」
でもやっぱりだめでした。とべないホタルはくやしくて，あたりをメチャメチャに歩き回り，小石を体にぶつけました。

そのうちに，見ていたホタルの１ぴきが，そっとどこかへ立ちさってしまいました。つづいて，２ひきさり，３びきさり，しまいにはみんないなくなってしまいました。どこかへあそびに行ってしまったのでしょうか？

（資料．３）

なかまたちのホタルは，ひっそりとツユクサの葉のうらにかくれ，とべないホタルのことを考えていたのでした。なかまのホタルたちは，とべないホタルにどうやって声をかけたらいいかわからなかったのです。
とべないホタルが，木の枝にのぼって月をながめていると，後ろから男の子が手をまるくしてしのびよってきました。
「あら，まさちゃん，あなたの手の上にホタルがおりてきたわ」
とべないホタルがおどろいてふりかえってみると，すぐそばに小さい男の子が立っています。
「このホタルへんだなあ。ぼくの手の上にとまったんだよ」
とべないホタルは，じ−んと体がしびれたようになって動けなくなってしまいました。
「あのホタルは，ぼくのみがわりになってくれたんだ。そして，ぼくをたすけるために，わざとつかまってくれたんだ」
とべないホタルは，大きななみだをこぼしました。すると，なかまのホタルたちのこんなはなし声が，聞こえてきました。
「ぼくが先に出ていこうと思っていたところなんだ」
「わたしもよ。わたしもいきたかったわ」

「みんなが，ぼくのことを思っていてくれたんだ」
とべないホタルは，なみだでいっぱいになった目で，みんなをいつまでも見送っていました。もう，ちぢんだ羽のことなんか，ほんとにどうでもいいと思うようになっていました。